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スナック研究会

サントリー文化財団研究助成 「日本の夜の公共圏」

おくのふと道--下北半島・むつ編

下北半島は斧の形をしている。大間村から北海岬へかけての稜線が、その刃の部分である。斧は、津軽一帯に向けてふりあげられており、「今まさに頭を叩き割ろうとしてる」ように見えるのが青森県の地図である。しかし、惨劇はこれから始まろうとしてるのではない。すでに竜飛岬から鼻繰岬へかけての東津軽は、一撃を受け、割られたあとなのである。ーー寺山修司『わが故郷』

  この夏、長めに青森に滞在していたので、その際に訪れた幾つかの街について、スナックに絡めて記録を記し留めておく。青森には縁者がいるため、これまでも何度も訪れたことがあったのだが、ただ漫然と行くのも勿体ないので、今後は出来る限り記録を残したいと思う。f:id:Voyageur:20160829092123p:plain

 エントリーのタイトルは芭蕉奥州行をもじったものだが、いつか『おくのふと道-奥州スナック紀行』というタイトルで、芭蕉が辿ったままの経路を辿り、『おくのほそ道』及び『曾良旅日記』を参照しながらスナック紀行したものを本にしたい。現在執筆中のスナック本の刊行後にでも、改めて構想を練りたいものである。

 

 閑話休題ーーまずは、むつ市から。むつは、「まさかり」の形をした下北半島の刃の付け根辺りに中心部・歓楽街を擁する人口6万人弱の街である。

 1960年に「大湊田名部」市から現在の「むつ」市に名称を改めた日本初のひらがな名の市であり、急激な過疎化が進行する下北半島の中核的機能が集積した街でもある(2012年に放映されたNHK大河「平清盛」の主演男優・松山ケンイチの出身地でもある)。

 

 下北半島の過疎化と、むつへの都市機能の集積性などについては、首都大学東京の山下祐介先生による『限界集落の真実―過疎の村は消えるか? 』が、とても参考になる。 

限界集落の真実―過疎の村は消えるか? (ちくま新書)

限界集落の真実―過疎の村は消えるか? (ちくま新書)

 

  東京からは、新幹線で3時間ほどで八戸まで行き、そこから青い森鉄道に乗り換え野辺地まで1時間、さらに単線の大湊線に乗り換え最寄りの下北駅まで1時間の計5時間強である。

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 途中、まさかりの「柄」の部分からは素晴らしい陸奥湾の眺望を得ることが出来る。この海の色は独特である。

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 下北駅からむつの市街地中心部までは少し離れており(歩くのは無理)、バスかタクシー(1000円くらい)で行くのが吉だが、かつては下北駅から分岐して大畑まで通じる路線で中心部の田名部(駅)まで行くことが出来たそうである。現在では田名部駅は駅舎も解体され、跡地には交番が建っている。

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 なお、上記の駅舎跡地からすぐのところにある商店街には、未だに「駅前商店会」という名称が残っており、祭り提灯に留められた文字が往時を偲ばせる。

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  さて、本題のスナックであるが、この街は人口の割には信じられないほどの夜の飲食店が蝟集しており、以前初めて来た時にはひっくり返るくらい驚いたのだった。正確に何軒あるのかは分からないが、基本的に田名部神社を取り囲むように無数のスナックがひしめいており、「スナック門前町」とでもいうべき様相を呈している。

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 とにかく、これでもかというくらいにスナック、スナック、スナックなのである。

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 なぜ、この程度の人口でこれほどまでの歓楽街があるのかについては幾つかの理由が考えられるが、すぐに思い浮かぶのは、この街が至近に海上自衛隊の大湊基地を擁する軍事上の要衝である点が挙げられるのではないだろうか。

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 この歓楽街は田名部神社と反対側のほうに田名部川が流れるいる関係からか、用水路がそこかしこにあるのも風情がある。

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  以下が田名部川だが、川そばの歓楽街というのは実に趣きのあるものである。なお写真奥の山は釜臥山で、そのすぐ背後に恐山がある。

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 私が今回むつに行ったのが盆明けの平日だったこともあったのだろうが、日中の田名部の歓楽街は人っこ独り居ない森閑とした場所であり、誰もいないスナックの森のごとき場所を、真夏の晴天下に歩き回るのは不思議な心持ちだった。

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 あとで聞いた話だが、むつが今よりも栄えていた頃の様子を見ることの出来る映像記録として、『魚群の群れ』という映画があるとのことである。Amazonプライムにも入っているので、後で観てみたい。 

あの頃映画 「魚影の群れ」 [DVD]

あの頃映画 「魚影の群れ」 [DVD]

 

  実は今回のむつではスナックには行っていないのだが(数年前に一度ひとりで来て大湊駅近くに泊まり数軒をはしごしたことはある)、目的地が更に先の恐山にあったからなのだった。

 音に聞こえた霊場・恐山は、むつの市街地からバスで40分ほどの山中にある。下北駅からもバスは出ているが、今回は中心市街のバスターミナルから私は恐山に向かった。恐ろしいほど味のあるターミナルである。

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 ターミナルを出て恐山へと向かう道は冗談のように曲がりくねった深い山道で、途中、数多くの地蔵がまつられているのを観ることが出来る。車内放送では御詠歌が流れムードが高まる。寺山修司の映画『田園に死す』の中で流れるJ.A.シーザーの「こどもぼさつ」などを思い出せば良いかもしれない。


J・A・シーザー (J.A. Seazer) | こどもぼさつ | 1974

 深い山中を抜けると、突然視界が開け眼前には真っ青な水をたたえた宇曽利湖(うそりこ)が姿を現し、息を呑むだろう。

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 恐山そのものについては多くの書かれたものやウェブ上の訪問記もあるので、多くは記さないが、今回思い切って訪れて本当に良かったと思う。

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 百聞は一見にしかずなのであるが、これまで色々なところを旅したものの、こんな景色は観たことがない。

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 この日は先述の通り大祭も終わった盆明けの平日ということもあり、バスに乗ったのも私以外は、三沢基地から来たと思しきアメリカ人の子連れの家族3人と老人2人のみで、恐山をまわる間じゅう、ほとんど私ひとりで上記のような光景を目にすることとなった。寺門をくぐり本堂から賽の目河原のひろがる地獄のような丘場を抜けると、突如として先の湖の奥に広がる白浜に無数の風車がまわる光景は異世界である。

 死者と邂逅する場所とも言われる、この白浜で私はしばし独り佇んで、これまで今生の別れをした何人かの人びとに思いを致し瞑目した。

 

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 出口にヨモギアイスが売っているが、コレは美味いので是非賞味されたい。なお、お土産屋では、以前話題になった『恐山』というココの副住職が書いた新書が売っているので、実際にめぐった後に読むと実に感じ入るものがあるだろう。 

恐山: 死者のいる場所 (新潮新書)

恐山: 死者のいる場所 (新潮新書)

 

  途中から抹香臭い話になってしまったが、以上、スナック巡礼からの本当の巡礼の話。--恐山は人生のうちに一度は行く価値のある場所なので、機会を見つけて是非訪れられたい。ちなみに開山時期が1年のうちの半年ほどで、いわゆるイタコが居る期間も非常に限られているので、その点は留意されたい。最後に田名部スナック街のサービスショット。

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 以上。