スナック研究会

サントリー文化財団研究助成 「日本の夜の公共圏」

北区「十条」訪問記

 2018年2月1日、北区上十条のスナック「ルーエ」にお邪魔してきた。最寄り駅は、埼京線十条駅東京商工会議所関係の仕事でご案内頂いたのだが、とても印象に残ったので、以下、備忘も兼ねて。

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 今回は北区にまつわる仕事だったので、事前に北区についても少しだけ本を読んだり地図を見たりして予習してから行った。

 最近、『孤独のグルメ』や清野とおる氏のマンガ『東京都北区赤羽』でフィーチャーされ、一躍、全国区で注目を集めるようになった赤羽=北区だが、今回は埼京線のほうの十条のスナックにお邪魔した。

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 地元の方の話で興味深かったのは、赤羽はテレビなどで有名になって「観光客」が増えすぎ、昔から馴染みの店などに地元のひとが行きにくくなってしまったという話だった。なるほど。

 地元の方のお話を聞く限り、流動性の高い京浜東北沿線に比べ、埼京線沿いの十条などは、昔ながらの住民も多い落ち着いたエリアとのこと。実際、わたし自身も十条に行くのは初めてだったが、とても落ち着いた雰囲気の街だな、と感じた。

 スナ研メンバーの苅部先生が北区ご出身なので、以下のような話も聞いたが、なるほどそういうことか、と。

十条周辺は戦災であまり焼けなかったのと、大地主が土地を管理しているせいで、一軒家(借地)で長く住んでいる家族が、比較的に多い気がします。同じ北区でも京浜東北線の東側だと、もっと流動的だと思う。

 当日は十条駅で待ち合わせした後、スナックが開くまで少し時間があったので、夕食を取りながら軽く打合せしたのだが、こんな店が自分の家の近くにもあったらなというくらい良い定食屋さんなどもあった(写真の「三忠食堂」。この牡蠣フライ定食が740円は、お値打ちではないかろうか)。

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 さて肝心のスナックだが、店名は「ルーエ」。1950年代から三代にわたって営業されているとのことで、初期は米兵相手のバーだったとのこと。今回来るまで恥ずかしながら知らなかったのだが、この地域には、かつて米軍基地があり、ベトナム戦争時の1968年に王子野戦病院設置反対運動なども発生している。

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 この当時は、現在のようなスナックとしてではなく、米兵相手のバーとして営業し、10名ほどのホステスさんも使い繁盛していたとのこと。お店に来ていた地元の常連さんのお話によるなら、当時は外人さん(米兵)が集まるちょっと敷居の高い憧れのお店で、地元のひとたちも、少しオシャレして思い切ってゆくお店だったとのことだった。当時はジュークボックスを置き、カウンターの中ではカクテルをつくり、キャッシュオンデリバリーで銅板のカウンターの上を、すーーーっとグラスを滑らせるような洒落た店だったらしい。

 その後、深夜営業の時間規制の問題などもあって、上記のような風俗営業店としての届けを出した形態ではなく、現在のような深夜酒類等提供店(スナック)としての営業に移り変わっていったとのこと。

 現在は、近くの自衛隊の十条駐屯地からのお客さんも多いとのことで、店内にもそれをしのばせる幾つかの飾りものなども見られた。

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 以上のような経緯から、十条界隈は、ある種の軍都としての色彩を持った街なのだが、店名の「ルーエ」はドイツ語の「Ruhe」から来ているとのことで、お店の方は初期に経営していた伯父さんから「止まり木」を意味する言葉と聞いていたと仰っていたが、「Ruhe」は「平和(静寂)」などを意味する単語であるところ、土地の来歴に鑑みるに、なかなかに趣深い店名だなと思った次第である。

 当日は、ルーエでもご一緒していた李さんにご案内頂き、もう一軒、「キャッスル」さんというスナックにもお邪魔したのだが、この店もとても良いお店で、マスターとママから色々なお話を伺うことが出来たのだった。しかし、このお店、ボックス席だけでカウンターが無く、実はわたし自身、カウンターのないスナックというのは初めて見たのだった。

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 この日は地元の方々とのお話の中で、かつて王子に存在していた三業地の話や、かつて殷賑を極めた所謂「NK流」が元々は赤羽から追い出されて西川口へと行き、その後、蕨、大宮、越谷と流れゆき、分岐して草加、松原団地と散っているという話は、大変滋味深かった。地元の人ならではの定点観測。

※追記。以下、スナ研の井田太郎先生から。

王子は滝野川のもみじ、飛鳥山のさくらから発展して三業地になってる。お稲荷さんと郊外の遊楽地からの進化。玉子焼きの扇屋とかおいしいわいな。

 しかし、西東京に住んでいると分からなかったのだが、北区のこの界隈の人びとにとっては大宮なんかは本当に近所という感覚のようだった。東北への新幹線も大宮からの乗車が当たり前なので、西東京民(東京左半分)には分からない、この北区を起点とし、川口・蕨などの埼玉エリアを経由して東北路へと続いてゆく感覚というのは知ってみて実に新鮮だった。東北への起点としてのノース・エンド・オブ・トーキョーという感じ。

  実際に訪れて地元のひとの話を聞かないと分からない「空間感覚」というのがあるよな、とも。

 蛇足ではあるが、1896市区町村中で、北区のスナックの総軒数171位、人口あたりは1029位。23区内だけで比較すると、北区は総軒数で15位、人口あたりで12位。

 北区の総軒数は2018年2月1日時点で、ちょうど100軒。分布は以下の通りで、やはり赤羽が最大で、十条地域は中里と伍してそれに次ぐ感じ。

 都内の軒数などについては、昼夜間人口比率との突合も必要なのだが、これに関しては今後の課題、ということで。ちなみに北区の昼夜間人口比率は95.8である(参考までにお隣の足立区は89.1、中央区は493.6)。

 

「北区内のスナック分布」

赤羽 (39)
中里 (11)
上十条(8)
東十条(6)
豊島 (6)
王子 (6)
滝野川(4)
東田端(3)
西ケ原(2)
中十条(2)
田端新町(2)
十条仲原(2)
昭和町(2)
上中里(2)
赤羽南(2)
田端 (1)
志茂 (1)
赤羽北(1)

 

 最後になるが、講演などでは、いつも言っている通り、スナックは地域コミュニティへと入り込ませてくれる、いつもウェルカムで開いているドアだと改めて思った次第。これまで余り縁の無かった北区(十条)に親近感を持つようになった。

 

以上。

 

追記余談。十条の駅前にはクルド料理の店もあった。いずれ川口・蕨とのつながりもあるのだなと感慨深かった。

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上記については、twitterでも呟いたところ、以下のようなコメントも頂いた。猫の泉さん以外にも、お二人、行かれたことのある方からもコメントを頂き、ちょっと驚いた。一度行ってみたいものである。 

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